遺産分割協議後に多額の借金の存在が判明した場合相続放棄できるか?

遺産分割協議後に多額の借金の存在が判明した場合相続放棄できるか?

Q 2か月前、私の父が亡くなりました。相続人は、母と兄と私で、父名義の預貯金や不動産につき、母と兄が相続する内容の遺産分割協議書を作成し、一通り相続手続を済ませました。しかし、1週間前に、債権回収会社から私宛てに、父の借金に関する請求書が届きました。どうやら父は、生前に第三者の連帯保証人となっていたようです。今からでも私は相続放棄ができますか?

A 原則として、遺産分割協議成立後の相続放棄はできませんので、借金を返済しなければなりません。もっとも、あなたとお父様の交流状況や遺産分割協議の内容等によっては、遺産分割協議を無効としたうえで、相続放棄をする余地はあります。過去の裁判例でも判断は分かれています。

裁判例の動向から見る遺産分割協議後の相続放棄の可否

 遺産分割協議は、自分が法律上の相続人であることを認めた上での行為(前述した法定単純承認)となるので、原則として、遺産分割協議をしてしまった後に相続放棄をすることはできません。ただし、遺産分割協議が無効であり、かつ自分が法律上の相続人であることを前提とした行為を行っていなければ、相続放棄が認められる余地はあります。

 相続人が亡くなられた方には借金がないと勘違いして遺産分割協議をした後、多額の借金があることを知った事案において、もし当初から多額の借金が存在することを知っていたら、遺産分割協議を行わないで相続放棄の手続をとっていたと考えられ、亡くなられた方と相続人の生活状況や他の共同相続人との協議内容によっては、遺産分割協議そのものが重大な勘違いにより無効となり(遺産分割協議の要素の錯誤)、ひいては自分が法律上の相続人であることを認めていない(法定単純承認をしていない)と見る余地のある場合には、相続人が借金の存在を知ってから3か月以内にした相続放棄の申述は受理すべきであると判示した裁判例があります(大阪高決平成10.2.9家月50巻6号89頁)。
 また、この裁判例で相続放棄をしようとしているのは遺産分割協議で遺産を取得しない相続人であることから、遺産を取得した相続人については、この裁判例の判断には含まれないと解するべきでしょう。

 ただし、上記のように、相続放棄を申し立てる側に有利な裁判例もある一方、類似のケースで相続放棄を却下した裁判例もありますので、注意が必要です。

過去の裁判例

大阪高決平成10.2.9家月50巻6号89頁

【事案概要】被相続人Sが死亡し、妻T、長男U、その他の兄弟姉妹V1~V3が相続人となった。Sの死亡から3か月後、相続人間で、Sの遺産である不動産をT及びUが取得する遺産分割協議書を作成し、所有権移転登記手続をした。しかし、その2か月後、V1~V3は、金融機関とUの説明により、SがUを代表者とする会社の連帯保証人となっていたことを知らされた。そのため、V1~V3は、相続放棄の申述を行ったが、原審が却下したため、即時抗告した。

【判旨概要】民法915条1項所定の熟慮期間については、相続人が相続の開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上の相続人となった事実を知った場合であっても、3か月以内に相続放棄をしなかったことが、相続人において、相続債務が存在しないか、あるいは相続放棄の手続をとる必要をみない程度の少額にすぎないものと誤信したためであり、かつそのように信じるにつき相当な理由があるときは、相続債務のほぼ全容を認識したとき、または通常これを認識しうるべきときから起算すべきものと解するのが相当である。
本件においては、V1~V3は、金融機関から相続債務の請求を受け、Uに事情を確認するまでは、多額の相続債務の存在を認識していなかったものと認められ、生前のSとV1~V3の生活状況等によると、V1~V3が相続債務の存在を認識しなかったことにつき、相当な理由が認められる蓋然性は否定できない。
V1~V3は、他の共同相続人との間で遺産分割協議をしており、同協議は、V1~V3が相続財産につき相続分を有していることを認識し、これを前提に、相続財産に対して有する相続分を処分したもので、相続財産の処分行為と評価することができ、法定単純承認事由に該当するというべきである。
しかし、V1~V3が相続放棄の手続きをとらなかったのは、相続債務の不存在を誤信していたためであり、SとV1~V3の生活状況、Uら他の共同相続人との協議内容のいかんによっては、遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないとみる余地がある。
仮にそのような事実が肯定できるとすれば、本件熟慮期間は、V1~V3がSの死亡を知った時ではなく、金融機関の請求を受けた時から、これを起算するのが相当というべきである。

仙台高決平成4.6.8家月46巻11号26頁

【事例概要】被相続人Eが死亡し、子F、G1、G2らが相続人となった。Eの遺産としては相続財産として宅地、山林各一筆等の財産が存在し、G1,G2らもこれを把握していたが、特別受益証明書を発行して、兄であるFが単独で取得できるよう相続手続をした。しかし、E死亡から約7か月後、訴状の送達により、生前Eが交通事故を起こし、被害者から約4800万円の損害賠償を請求される立場にあったことを知った。そのため、G1,G2らは、相続放棄の申述を行ったところ却下されたため、即時抗告をした。

【判旨概要】熟慮期間は、前掲最判昭和59.4.27のとおり解するのが相当であり、相続人が相続開始の事実と自己が相続人となった事実を知った時すでに積極であれ消極であれ相続財産の一部の存在でも認識しまたは通常であれば認識しうべかりし場合は、熟慮期間の起算点を繰り下げる余地は生じない。
本件の熟慮期間の起算日は、G1,G2らにおいてEが死亡したことを知った日であるというべきであり、本件相続放棄の申述は民法915条1項に定められた期間を経過した後になされたことが明らかであり、不適法である。

東京高決平成14.1.16家月55巻11号106頁

【事例概要】被相続人Aが死亡し、長男B1、その他の兄弟B2~B5が相続人となった。Aの死亡から約1週間後、Aの不動産を長男B1が相続する遺産分割協議をし、B2~B5は、それぞれ「相続分不存在証明」と題する書面に署名押印し、B1はそれを使用して当該不動産につき所有権移転登記手続をした。しかし、Aの死亡から約3年半後、債権者からの訴状が送達されたことでB1~B5はAが連帯保証債務を負っていたことを知り、その段階でAの消極財産が積極財産の額を上回ることが判明した。そのため、B1~B5は相続放棄の申立てを行ったが、却下されたので抗告した。

【判旨概要】B1~B5は、Aの死亡から約1週間後に、Aが所有していた不動産の存在を認識していたうえで相続人全員で協議し、これをB1に単独取得させる旨を合意し、B1以外の相続人は、各相続分不存在証明書に署名押印しているのであるから、B1~B5は、遅くとも同日までにはAに相続すべき遺産があることを具体的に認識していたものであり、Aに相続すべき財産がないと信じたと認められないことは明らかである。B1~B5は、相続人が負債を含めた相続財産の全容を明確に認識できる状態になって初めて、相続の開始を知ったといえる旨を主張するものと解されるが、独自の見解であり、採用することはできない。

まとめ

 原則として、遺産分割協議後の相続放棄は認められませんが、事情によっては相続放棄が認められるケースもあるため、信頼できる専門家にご相談されることをお勧めします。 

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